東京オリンピックのアーチェリー・早川漣選手は、過去にロンドンオリンピックにも出場し、団体銅メダル獲得に貢献した実績を持つ選手です。
早川漣選手の出身が韓国であるというのを知っていますか?
彼女は日本国籍を持っていますが、出身は韓国です。どうして帰化することになったのか、彼女のプロフィールなども併せてご紹介していきます。
東京オリンピックのアーチェリー・早川漣選手の帰化した経緯について
東京オリンピックのアーチェリーの早川漣選手は、韓国で生まれ育ちました。
ご両親が早川選手がまだ幼いころに離婚し、お父さんの元で育てられることになりました。
お父さんの元で育てられながらアーチェリーをはじめ、実業団にも進んだのですが、アーチェリーのレベルが非常に高い韓国では、思うような結果が残せずに挫折してしまいます。
お父さんの再婚された女性が日本人で、すでに来日していたこともあり、母の元に行くことを決心し2007年に日本にやってきた早川選手。
日体大進学し、来日して2年後の2009年に日本に帰化しました。
韓国はアーチェリー強豪国として有名です。
そこで自分の力が発揮できなかった早川選手は、来日し、再びアーチェリーを始め帰化したことで、才能を開花させていき、オリンピックでメダル獲得に貢献するほどの選手となったのです。
早川漣選手のプロフィールの紹介
先にも書いていますが、早川漣選手は韓国出身で、すでに日本に帰化しています。
1987年8月24日生まれ
身長180㎝
かなり背が高いですよね。
ネットで写真がたくさん出ていますが、やはり他の日本人選手と並んでいても、早川選手が大きいということがよくわかります。
アーチェリーを始めたのは、小学3年生の頃でした。
20歳の時に来日し、日本体育大学に進学し、4年生になると日本代表にも選ばれる実力のある選手になっていました。
2010年には全日本ターゲットアーチェリー選手権大会で優勝し話題となりました。
大学を卒業すると、長崎県立佐世保商業高校に席を置き、アーチェリー部の副顧問となりました。
2011年に行われたイタリア世界選手権でベスト16入りを果たし、オリンピック出場の切符を手にし、ついに2012年のロンドンオリンピックの舞台に立ったのです!
ロンドンオリンピックでは、団体で銅メダルを獲得し、個人では4位入賞という成績を残しました。
日本では彼女のオリンピックでの健闘が称えられましたが、母国の韓国では
「帰化しなければ金メダルだった」
「裏切者」
「4位なんてありえない」
などという、彼女を中傷する声が多く上がっていました。
ですが、同じ母国を持つ人たちから、彼女の活躍を純粋に喜んでくれる人たちがいたことも事実です。
早川漣選手は引退したの?
早川漣選手は、2014年の長崎国体を最後に、しばらく一線から退き、翌年の3月には、右肩の痛みの為、引退することを発表しました。
引退してからも、長崎国際大学で後進育成という立場で、アーチェリーに携わっていました。
そんな彼女に周囲から復帰を望む声が多く寄せられ、引退発表から1年後の2016年4月に現役に復帰しました。
現在は株式会社デンソーソリューションに所属し、東京オリンピック出場目指して、日々練習に励んでいます。
まとめ
東京オリンピックのアーチェリー・早川漣選手の日本に帰化した経緯などについてご紹介しました。
韓国はアーチェリー強豪国なので、国内のレベルが非常に高く、幼い頃から厳しい練習をしてきた早川選手。
母国では実力をだしきれなかった彼女は、来日し、その才能を開花させました。
韓国民からは批判の声もありますが、彼女は、アーチェリー選手としての自分の実力を発揮できる場所を見つけただけなのではないでしょうか。
一度は引退していますが、周囲からの声もあり復帰し、現在もアーチェリー界の第一線で活躍しています。
東京オリンピックの日本代表候補としてその活躍も期待されている早川漣選手。
彼女の今後の活躍が楽しみですね!
最後までお読みいただきありがとうございました。
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